たった数日で散る『桜』に、私たちがこんなにも惹かれる理由

みなさま、こんにちは!

川口草加霊園 はじまりの杜 ブログでございます。

 

4月に入り、新生活や新年度のスタートで少し慌ただしくも心地よい季節となりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。


今年もはじまりの杜の桜は、美しく咲き誇っておりました。


ふと、考えたことはないでしょうか。

「なぜ私たちは、こんなにも『桜、桜!』と夢中になってしまうのだろう?」と。



桜が満開でいる期間は、本当にあっという間です。雨が降ったり強い風が吹いたりすれば、ほんの数日で散ってしまうこともあります。

もし桜が一年中ずっと咲き続ける花だったとしたら、私たちはここまでこの花を特別視しなかったかもしれません。

 

「すぐに散ってしまうからこそ、今のうちに見ておきたい」

その「儚(はかな)さ」こそが、人の心を惹きつける一番の理由なのだと思います。限られた短い時間しか美しい姿を見せてくれないからこそ、私たちはそこに特別な価値を感じるのではないでしょうか。

 

これは、私たちの「命」や「人とのご縁」にも、通じるものがあると思います。

いつまでも変わらずあると思ってしまいがちですが、かけがえのない時間というのは、桜のようにあっという間に過ぎていくものです。

 


平家物語の『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり』

これは鳴り響いた鐘の音が、やがて静かに消えていくように「この世のすべてのものには限りがあり、永遠に変わらないものはない」という事を表した一文です。

 

桜の姿もこれとまったく同じだと思っています。

パッと咲いて潔く散っていく桜の花びら。

古来より日本人がこれほどまでに桜を愛してきたのは、そこに「限りある命の美しさ」を重ね合わせてきたからなのかもしれません。

 

そんな特別な存在だからこそ、人々は桜の木の下に引き寄せられるように集まってきました。私たちが毎年楽しみにしている「お花見」ですが、そのルーツをご存知でしょうか?

 

実はお花見の歴史は古く、奈良時代にまでさかのぼります。

当時は、中国から伝来した「梅」を鑑賞するのが主流でした。

その後、平安時代に入り、日本古来の「桜」に対する親しみが深まり、春を象徴する花として愛でられるようになっていったそうです。

 

貴族たちの間で宴として広まったお花見ですが、一方で、農民たちの間でも桜は特別な役割を持っていました。

春の訪れを告げる花が咲くと、厄を祓う意味も込めて野や山へ出かける「野遊び」「山遊び」が行われていました。人々は桜の木の下で目に見えない神様と一緒に過ごし、五穀豊穣を願っていたといわれています。

 

そう考えると、本来のお花見が持つ祈りの姿は、私たちが大切な人を想う「お墓参り」と深く重なるように感じます。

 

お墓もまた、目には見えない大切な存在(ご先祖様や故人様)と向き合い、日々の報告や感謝を伝えるための場所です。

霊園で過ごしていると、ご家族がお墓の前で静かに手を合わせるお姿に、満開の桜の木の下に集う人々と似た温かさを感じます。

 


はじまりの杜の桜は葉桜へと姿を変え、これからは鮮やかな新緑の季節がやってきます。

吹き抜ける風が心地よい季節になりましたので、ぜひ、ゆったりとした時間を過ごしにお参りにいらしてください。

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